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兵庫県明石市・神戸市西区 接骨院・整骨院で働く 柔道整復師とは?沿革前編

2015.07.12 | Category: 兵庫県,接骨院・整骨院,明石市,柔道整復師,神戸市西区

皆様

 

おはようございます

 

 

兵庫県明石市大久保町高丘にあります

 

交通事故治療・むち打ち治療 対応の

 

アイリス整骨院です

 

 

前回

 

接骨院・整骨院と整体・カイロなどとの違いについて

 

お話しました際に

 

 

 

接骨院・整骨院で働く資格は

 

「柔道整復師」と呼ばれる国家資格だと

 

説明させていただきました

 

 

ただ

 

ここを読んでいただいております

 

皆様のほとんどが

 

 

柔道整復師????

 

と言った反応になったかと思われます

 

 

本日は柔道整復師について

 

掘り下げてお話していきます

 

 

★柔道整復術 および 柔道整復師の沿革

 

1 医療の起源と発展

 

人類社会の起源と同時に起こった狩猟や闘争その他による外傷や創傷の手当ては

 

本能的治療の段階から、経験の蓄積による治療法の固定化

 

さらには、人智の発達に伴う呪術的医療、宗教的医療の段階を経て

 

その後長い時間をかけ現在の実証的医療へと発展してきた

 

医療技術も、一般文明の発生と同様、世界四大文明発祥の地といわれる

 

エジプト、メソポタミア、インド、中国で起こった

 

 

2 柔道整復の基本概念の成立

 

有史以前の日本民族の伝統と精神は、太古の時代より「武」を中核精神として形成されたといわれ

 

この「武」を中心とする精神は、それ以降の歴史の中にも伝統として引き継がれたと言われている

 

一方、この「武道」とともに「文」の道、すなわち信仰、宗教、化学もその時代に応じて追及され、発展してきた

 

戦国時代の武道の書物には「殺法」「活法」に関する記述があるが

 

殺法は武技そのもので、柔術でいえば、当身技、投技、絞技、関節技、固技はすべて殺法に属する

 

活法は、傷ついたものの治療法、手当てであり、骨折、脱臼、打撲、捻挫などの外傷を治すもので、

 

出血、仮死者に対する蘇生法なども含まれている

 

この殺法と活法は「文武」の道として表裏一体となって進歩発展し、殺法は武術の殺戮手段として用いられてきたが

 

時代の返還とともに、その一部は保険と精神修養の手段として、その技を競技や運動として楽しむスポーツの中に

 

組み入れられながら現在行われている

 

一方、活法は医療の一部として柔道整復術へとそれぞれ発展して今日にいたてっている

 

3 海外との交流

 

わが国の医療は、古来、経験によるもの、呪術によるものなどが伝統的、民族的医療として

 

民間に普及していたが、体系的なものではなかった、仏教伝来以後、諸外国すなわち中国や朝鮮あるいは

 

シルクロードを通じての中近東などとの交流によって医療技術を吸収するようになった

 

とくに中国との関係では、遣唐使の一向に医学留学生も加えるなど、国家事業として積極的に

 

医療技術の導入に努めた

 

その後も、諸外国とくに影響は大きく、隋・唐の医書200点から百余家の説を集録した「医心方」

 

(現存するわが国最古の医書といわれる)

 

などを見るとその影響は明らかである

 

ちなみに、「医心方」の第18巻は、脱臼、骨折、打撲、創傷などについて記載されている

 

日本古来の「接骨の業」は、伝統的な「文武」の道を通じて伝承され、また海外からの技術の導入もあり

 

「文武」の伝統の上に外国文化を織りなして「柔道整復」としての基本概念ができてきたといえよう

 

 

4 江戸時代前期

 

17世紀初頭、柳生石舟斎の門弟で「良移心当流柔術」の開祖であった福野正勝が

 

陳ゲンピンから中国少林寺拳法を伝授された

 

剣法い由来する柔術の業には「制剛流柔術の骨砕き」の秘法

 

紀州藩に伝わった「剛身」の秘法などがあり「源成章流」の活殺術など以後の秘伝書の図解の中の人物は

 

服装、髪型ともに中国風で、急所の名称は中国医学の経穴名によるものが多くみられる

 

筑後柳河藩や肥後熊本藩を中心に九州一円で盛んであった扱心流柔術の伝書には活法は医道摩療(正骨術)であると書かれている

 

 

5 江戸時代接骨術への影響

 

16世紀中ごろには南蛮流の医学が伝わり、それ以降19世紀にかけ、オランダ医学を中心としてイギリス、ドイツ、フランス

 

などの科学、医学が細々ながら導入された、この中でも、近代外科学の糸口を開いたといわれる

 

フランスのアンブロワズ・パレの優れた外科学が伝えられ、我が国の接骨術に大きな影響を与えた

 

こうした東西の医学に我が国独自の研究成果を加え、接骨術はより工夫考案されていった

 

柔道整復術の体系化に寄与した代表的な人物としては、以下の人物があげられる

 

三浦流柔術の祖、三浦楊心は、医師でありながら接骨術を研究し、武人 吉原元棟は拳法と按摩術により

 

「正骨要訣」を著し、外科の一派として接骨科をおこし

 

小児科 秋山四郎兵衛義時は楊心流柔術の祖となり、接骨術を編み出した

 

続いて、二宮彦可、各務文献が中国医学を取り入れ、接骨学発展に貢献し、華岡青州は伝統の接骨法に蘭法の長所を加え

 

より接骨術を特徴あるものとした

 

このほか、高志鳳翼、名倉直賀賢らにより、江戸時代末期には、我が国の外科、接骨術は体系化されてきた

 

 

 

 

6 明治時代

 

明治維新後、西洋を万能とする医療制度改革がおこなわれ、明治7年の「医制」の制定、明治14年の漢方医学の廃止

 

に伴って接骨術はほとんど顧みられなくなった

 

法律的には明治18年の内務省達「入歯、歯抜、口中療治、接骨営業者取締方」によって

 

既得権者も医術開業試験を受けることになったため、接骨業者は激減し、接骨業は

 

ほとんど絶滅状態となった

 

その後、明治45年、柔道家による接骨業公認運動が開始された

 

大正2年には、各流派の柔術家が「柔道接骨術公認期成会」を結成し、復活運動を繰り返した

 

これらの運動により大正9年に内務省令により「按摩術営業取締規則」を準用するという形であるが

 

「柔道整復術」という名称で公認され、同年、第1回の資格試験が施行された

 

 

 

長くなりましたので後編に続きます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当院へのアクセス情報

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